2015年04月12日
マリンエンジンの資格をとりに行ってきました。
今年の2月に方向転換し、1年ほど勤めたセールスマンの仕事を辞めて、3月にマリンエンジンの資格を取りに広島県尾道市に行ってまいりました。
高速代節約のために岩手県大船渡市から広島県尾道市までの片道1280kmを3日かけて一般道をひたすら道の駅で車中泊をしながら走り続けましたね。
1日目は朝6時に出発して夜の8時ぐらいに新潟県上越市のうみてらす名立という道の駅に到着して道の駅内にある温泉に入って車中泊しました。

夜だったので日本海の景色が見えなかったのが残念でしたね。
仮眠を取った後、夜中の2時に出発して富山県、石川県市内を渋滞する前に真夜中走り抜けて、日中に福井県内に入ることができました。
2時間ごとに休憩を取って、地図を見ながら琵琶湖の東側を通るか、西側を通るか迷ったあげく、そういえば天橋立が近くにあるなぁと思い、最初で最後になりそうだなぁと思って思い切って京都府の宮津市にある天橋立に寄ってみました。
時間が夕方5時近かったためロープウェーには上りませんでしたが、写真を撮ることができました。

上から見たら不思議な景色だったんでしょうね。
2日目は兵庫県養父市にある道の駅但馬楽座のやぶ温泉に入って車中泊しました。
運転の疲れがたまってたんでしょうか、12時間ぐらい仮眠じゃなくて睡眠してしまいましたね。
隣の市に竹田城があったんですが、インターネットで調べたところ、その日は入れない日になっていたため諦めて南下します。
また、機会があれば寄ってみたいと思います。
3日目は兵庫県姫路市を通って岡山県、広島県福山市を通って午後3時には尾道市に入ることができました。
福山市は大きな街ですね~。
運転していて、どこを走っていいか迷ってしまいながらも尾道市に入ることができました。

尾道海技学園のマリンエンジン整備士という民間資格ではありますが10日間通ってディーゼルエンジン、ガソリンエンジン、船外機のエンジンをバラすところから組み立てまでを勉強してきましたよ。
先生の教え方が親切でしたので、何度か迷いつつもエンジンがかかるまで組み立てることができました。
また、エンジンの仕組みも詳しく教えてくれて、理解を深めることができました。

学校周辺から見た尾道市内と尾道城です。


瀬戸内海もきれいに見えました。

尾道城付近から見た尾道市内です。


帰り道は急用ができたため福山西インターから高速に乗ってひたすら北上しました。
夕日が沈む寸前の敦賀湾です。

途中に寄った琵琶湖の見えるパーキングから見た琵琶湖です。

兵庫県姫路市内の高速で渋滞につかまりながらも、一泊のみ新潟県内のパーキングで車中泊して翌日の夕方には、岩手県大船渡市に到着しました。
講習途中一日だけ休みがあり、呉市まで車を走らせ大和ミュージアムと鉄のくじら館を見てきました。



大和波止場から海上自衛隊の潜水艦が見えましたね。

今までエンジンはオイル交換とベルト類などの調整ほどしかやったことはなかったんですが、勉強したことで、できることが増えて、勉強をしに行って良かったと思っています。
まだ、就職活動中ではありますが、マリーナなどのエンジンをメンテナンスする職場で働きたいなぁと考えております。
就職が落ち着いたら、必ず船を買おうと思います。
今後とも応援をよろしくお願いします。
高速代節約のために岩手県大船渡市から広島県尾道市までの片道1280kmを3日かけて一般道をひたすら道の駅で車中泊をしながら走り続けましたね。
1日目は朝6時に出発して夜の8時ぐらいに新潟県上越市のうみてらす名立という道の駅に到着して道の駅内にある温泉に入って車中泊しました。

夜だったので日本海の景色が見えなかったのが残念でしたね。
仮眠を取った後、夜中の2時に出発して富山県、石川県市内を渋滞する前に真夜中走り抜けて、日中に福井県内に入ることができました。
2時間ごとに休憩を取って、地図を見ながら琵琶湖の東側を通るか、西側を通るか迷ったあげく、そういえば天橋立が近くにあるなぁと思い、最初で最後になりそうだなぁと思って思い切って京都府の宮津市にある天橋立に寄ってみました。
時間が夕方5時近かったためロープウェーには上りませんでしたが、写真を撮ることができました。

上から見たら不思議な景色だったんでしょうね。
2日目は兵庫県養父市にある道の駅但馬楽座のやぶ温泉に入って車中泊しました。
運転の疲れがたまってたんでしょうか、12時間ぐらい仮眠じゃなくて睡眠してしまいましたね。
隣の市に竹田城があったんですが、インターネットで調べたところ、その日は入れない日になっていたため諦めて南下します。
また、機会があれば寄ってみたいと思います。
3日目は兵庫県姫路市を通って岡山県、広島県福山市を通って午後3時には尾道市に入ることができました。
福山市は大きな街ですね~。
運転していて、どこを走っていいか迷ってしまいながらも尾道市に入ることができました。

尾道海技学園のマリンエンジン整備士という民間資格ではありますが10日間通ってディーゼルエンジン、ガソリンエンジン、船外機のエンジンをバラすところから組み立てまでを勉強してきましたよ。
先生の教え方が親切でしたので、何度か迷いつつもエンジンがかかるまで組み立てることができました。
また、エンジンの仕組みも詳しく教えてくれて、理解を深めることができました。

学校周辺から見た尾道市内と尾道城です。


瀬戸内海もきれいに見えました。

尾道城付近から見た尾道市内です。


帰り道は急用ができたため福山西インターから高速に乗ってひたすら北上しました。
夕日が沈む寸前の敦賀湾です。

途中に寄った琵琶湖の見えるパーキングから見た琵琶湖です。

兵庫県姫路市内の高速で渋滞につかまりながらも、一泊のみ新潟県内のパーキングで車中泊して翌日の夕方には、岩手県大船渡市に到着しました。
講習途中一日だけ休みがあり、呉市まで車を走らせ大和ミュージアムと鉄のくじら館を見てきました。



大和波止場から海上自衛隊の潜水艦が見えましたね。

今までエンジンはオイル交換とベルト類などの調整ほどしかやったことはなかったんですが、勉強したことで、できることが増えて、勉強をしに行って良かったと思っています。
まだ、就職活動中ではありますが、マリーナなどのエンジンをメンテナンスする職場で働きたいなぁと考えております。
就職が落ち着いたら、必ず船を買おうと思います。
今後とも応援をよろしくお願いします。

2014年05月06日
早く釣りをしたい
なかなか更新しないので、釣りを辞めたのではないかと思われていると思いますが、
引っ越してきて仕事が落ち着いていないのと、釣り友とスケジュール調整に時間がかかっています。
インターネットをつないでいないので、スマホからの投稿が多いかもしれません。
チャンスがあれば今月末に釣りに行こうと思います。
5月はカレイ釣りの予定です。
引っ越してきて仕事が落ち着いていないのと、釣り友とスケジュール調整に時間がかかっています。
インターネットをつないでいないので、スマホからの投稿が多いかもしれません。
チャンスがあれば今月末に釣りに行こうと思います。
5月はカレイ釣りの予定です。

2014年03月28日
転職しました。
まもなくカレイが釣れ始める季節ですね。
私のほうは4月から新しい仕事に就くことができそうです。
今まで経験のない仕事なので、慣れるまで時間がかかりそうですが、釣りができるまで早く覚えたいと思います。
私のほうは4月から新しい仕事に就くことができそうです。

今まで経験のない仕事なので、慣れるまで時間がかかりそうですが、釣りができるまで早く覚えたいと思います。
2014年02月08日
2013年12月31日
良いお年を!(^^)!
今年は厄年でした・・・厄年のとおりいろいろありましたが、なんとか乗り切れそうです。
都合により現在の船を使えないので、自分の船をなんとか手に入れたいと思っています。
いましばらく時間をいただき落ち着くまで、お時間をください。
また近いうちに釣りをしたいと思っています。
今後ともどうぞ応援をよろしくお願いいたします。
今年も残すところわずかですが、良いお年を!(^^)!

都合により現在の船を使えないので、自分の船をなんとか手に入れたいと思っています。

いましばらく時間をいただき落ち着くまで、お時間をください。
また近いうちに釣りをしたいと思っています。

今後ともどうぞ応援をよろしくお願いいたします。
今年も残すところわずかですが、良いお年を!(^^)!
2013年01月15日
車…故障
昨日の雪で、念のために早く出勤しようかと早く車を出した所、車が前に進まない。
オートマチックのDに入ってるにも関わらずエンジンが吹けるだけ
4WDに切り替えて走ったら前に進んだので良し良しと思って進んだは良いが、なんだかハンドルを取られるだよね(-o-;)
走りながら後ろを見たらなんと後輪がロックしたまま、FF状態で走っていたようだ。
たぶんドライブシャフトか何かが凍っているのだろう、走っていればタイヤと路面の摩擦で回り出すだろうと500mぐらい進むも回る気配なく、返って雪の路面でスリップしまくり。(-o-;)
後続車、びっくりしたべなぁ
危ないので空き地に置いて自宅に戻って家の車を借りて出勤したよ
18年目だからかなぁ。
まずは整備工場に見積もってもらってから考えよう
でも修理代金によっては、いよいよ車の買い替えかなぁ
船が欲しいのに次々、お金がかかるよ
続きを読む

オートマチックのDに入ってるにも関わらずエンジンが吹けるだけ

4WDに切り替えて走ったら前に進んだので良し良しと思って進んだは良いが、なんだかハンドルを取られるだよね(-o-;)
走りながら後ろを見たらなんと後輪がロックしたまま、FF状態で走っていたようだ。

たぶんドライブシャフトか何かが凍っているのだろう、走っていればタイヤと路面の摩擦で回り出すだろうと500mぐらい進むも回る気配なく、返って雪の路面でスリップしまくり。(-o-;)
後続車、びっくりしたべなぁ

危ないので空き地に置いて自宅に戻って家の車を借りて出勤したよ

18年目だからかなぁ。
まずは整備工場に見積もってもらってから考えよう

でも修理代金によっては、いよいよ車の買い替えかなぁ

船が欲しいのに次々、お金がかかるよ

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2012年12月27日
地元から歌手がデビュー
私の住む岩手県陸前高田市から歌手がデビューしました。
雪音(ゆきね)さんという方で、歌はうまいしなかなかの美人さんです。
実は雪音さん、私の知り合いのご家族の方です。
東海新報社の12月27日付の新聞で紹介されていました。
CDがアマゾンからも購入できますよ。
CDの名前はthe piece of a miracle
です。
もし、よろしければ聞いてみてくださいね。
4曲入りで1050円です。
どうぞ応援をよろしくお願いいたします。

雪音(ゆきね)さんという方で、歌はうまいしなかなかの美人さんです。
実は雪音さん、私の知り合いのご家族の方です。
東海新報社の12月27日付の新聞で紹介されていました。
CDがアマゾンからも購入できますよ。
CDの名前はthe piece of a miracle

もし、よろしければ聞いてみてくださいね。
4曲入りで1050円です。
どうぞ応援をよろしくお願いいたします。

2012年11月16日
2012年10月30日
2012年07月29日
2年ぶりのウニ開口
震災後1年4ヶ月を経て、7月27日に、やっとウニの開口がありました。
船はまだ、できていなくて、借りた船を使って義父と二男と3人で7月28日の2回目の開口に参加しましたよ。
1回目は仕事で参加していません。

海の栄養状態が良く海藻も豊富で実の入りも良いとか、期待しながら6時~8時までの2時間でしたが、集中できました。
船からウニを捕るための竿、カギ等すべて一からそろえたので、けっこうな金額になりましたね。

スラスター(電動船外機)とバッテリーだけは自宅周辺に引っかかっていたので再利用できました。
収穫は・・・3人でバンジョウカゴ1つでした。
こちらは私の収穫

2年ぶりにウニの甘さを堪能できました。
海のめぐみに感謝です。
船はまだ、できていなくて、借りた船を使って義父と二男と3人で7月28日の2回目の開口に参加しましたよ。
1回目は仕事で参加していません。

海の栄養状態が良く海藻も豊富で実の入りも良いとか、期待しながら6時~8時までの2時間でしたが、集中できました。
船からウニを捕るための竿、カギ等すべて一からそろえたので、けっこうな金額になりましたね。

スラスター(電動船外機)とバッテリーだけは自宅周辺に引っかかっていたので再利用できました。
収穫は・・・3人でバンジョウカゴ1つでした。
こちらは私の収穫

2年ぶりにウニの甘さを堪能できました。
海のめぐみに感謝です。
2012年07月28日
大船渡湾口防波堤
先日、仕事で大船渡湾口防波堤に行く機会があり、写真を撮ってきました。
平成23年の3月11日まであった防波堤は津波で消失していました。

道路はずっと舗装されて、またそこにはガレキがいっぱい重なっていましたね。
大船渡市内から集められたガレキでしょうか。
選別作業を見てきました。

ここは、昔から立ち入り禁止の場所なので釣りをしたり車で乗りいれたりすることはなかったのですが、今回、震災後に見れて、津波の巨大さを改めて知らされましたね。
防波堤を作る作らないでいろいろ議論されていますが、被災されたみなさんが早く元の生活に戻れるように祈っています。
平成23年の3月11日まであった防波堤は津波で消失していました。

道路はずっと舗装されて、またそこにはガレキがいっぱい重なっていましたね。
大船渡市内から集められたガレキでしょうか。
選別作業を見てきました。

ここは、昔から立ち入り禁止の場所なので釣りをしたり車で乗りいれたりすることはなかったのですが、今回、震災後に見れて、津波の巨大さを改めて知らされましたね。
防波堤を作る作らないでいろいろ議論されていますが、被災されたみなさんが早く元の生活に戻れるように祈っています。
2012年03月12日
東日本大震災から一年
東日本大震災から一年たちました。
3月11日、各地では追悼の式典が行われ、たくさんの参列者がありました。
1000年に一度という、この大災害から一年、私自身、あっという間だっと感じます。
震災当時のことは、いろいろなホームページや本などの情報から得ている方が多いと思いますので、
詳細は省きますが、一言でいえば、みんな「辛かった」と思います。
家族が亡くなった、家や車などの財産をすべて失った、仕事を失った、など、これからどうして良いのか
どう生きていけば良いのか、暗闇の中を手さぐりで歩くような感じで時間だけが過ぎていった、現実を受け止めることが
難しかったという人が多かった・・・そういう人が、ほとんどだと思います。
私自身は家、車、船という財産ほとんどをなくしましたが、家族が全員生きていたことが幸いでした。
最初の数か月は、明日になれば元の街になっている・・・これは悪い夢だ、という気持ちが強くて、現実を受け入れられない
などガレキを見るたび、そんな思いをした避難生活が長く感じました。
全国の皆さんの暖かい励まし、支援物資、本当に感謝しています。
感謝しても感謝しきれないくらい本当に助かりました。
今現在の画像はまた、近いうちに投稿したいと思いますが、私の住んでいる陸前高田市は、町中にあるガレキは片づけられ、まとめて集積場にて分別処理されています。
いまだに仮設住宅を含めて避難生活をされているかたは多いです。
ニュースや新聞等で「ガレキ」という言葉がでますが、その「ガレキ」は、人生の大半を一緒に歩んできた「家」であり、「車」であり、「家財」であり、思いでがいっぱい詰まっています。
支援物資をもらってガレキ処理まで・・・と思われるかもしれませんが、みなさんのその暖かい気持ちが被災地をどんどん元気にしてくれると思います。
被災地はかならず、復旧だけでなく、さらに元気になって復興すると思ってまいます。
今現在の私自身は仮設住宅ではありますが、この一年で衣住食は、おかげさまで、元の水準までもどりつつあります。
船も共同ではありますが、釣りもできるようになりました。
この震災を機に気持ちまで変わりました。
今までは、寝て起きたら明日があるさと当たり前ように感じていましたが、震災を体験してから明日というものは、
もしかするとないかもしれない、朝起きて今日生きていたら生きていたと感謝するようになりました。
また、生きていること自体、誰しも頑張っている、前を向いているという証拠だと思っています。
途中、立ち止まることがあるかもしれませんが、ゆっくりでも前を向いて進んていこうと思います。
亡くなられた人たちのご冥福を祈り、この震災で勇気と力を与えてくれた皆様に感謝し、ゆっくりではありますが、復興に向けて精一杯生きていこうと思います。
3月11日に地元の東海新報社さんから一冊の本が発売されました。
鎮魂3.11平成三陸大津波 という本です。
大船渡、陸前高田の震災時の写真が多数載っていました。
初版には東海新報社の本社の上から撮影した大船渡湾の湾口防波堤が倒壊するまでの映像付きDVDが付属しています。
大船渡湾に津波が襲来する映像があり、津波から逃れようとする漁船が押し波や引き波に巻き来れる場面もありました。
防波堤があるために狭くなった湾口によって霧吹きの原理のように水流が激しくなり、押し波で煙を吐きながらスピードを上
げても船が前に進まず、また、引き波から逃れようとするも船のスピードが負けて逃げ切れずに渦に巻き込まれてしまう場
面が本当に涙を誘いました。
津波は体験してみないとわからないものですが、本当に恐ろしいものです。
災害だけはどうしても人間の力で止めることはできません。
みなさん、どうかしっかりと災害の対策をして大切な家族、自分の命を守ってください。
また、誰かか言っていました。
津波の時は欲を捨てて、高いところに逃げろ、地震のあとに必ず津波はくる・・・と。
3月11日、各地では追悼の式典が行われ、たくさんの参列者がありました。
1000年に一度という、この大災害から一年、私自身、あっという間だっと感じます。
震災当時のことは、いろいろなホームページや本などの情報から得ている方が多いと思いますので、
詳細は省きますが、一言でいえば、みんな「辛かった」と思います。
家族が亡くなった、家や車などの財産をすべて失った、仕事を失った、など、これからどうして良いのか
どう生きていけば良いのか、暗闇の中を手さぐりで歩くような感じで時間だけが過ぎていった、現実を受け止めることが
難しかったという人が多かった・・・そういう人が、ほとんどだと思います。
私自身は家、車、船という財産ほとんどをなくしましたが、家族が全員生きていたことが幸いでした。
最初の数か月は、明日になれば元の街になっている・・・これは悪い夢だ、という気持ちが強くて、現実を受け入れられない
などガレキを見るたび、そんな思いをした避難生活が長く感じました。
全国の皆さんの暖かい励まし、支援物資、本当に感謝しています。
感謝しても感謝しきれないくらい本当に助かりました。
今現在の画像はまた、近いうちに投稿したいと思いますが、私の住んでいる陸前高田市は、町中にあるガレキは片づけられ、まとめて集積場にて分別処理されています。
いまだに仮設住宅を含めて避難生活をされているかたは多いです。
ニュースや新聞等で「ガレキ」という言葉がでますが、その「ガレキ」は、人生の大半を一緒に歩んできた「家」であり、「車」であり、「家財」であり、思いでがいっぱい詰まっています。
支援物資をもらってガレキ処理まで・・・と思われるかもしれませんが、みなさんのその暖かい気持ちが被災地をどんどん元気にしてくれると思います。
被災地はかならず、復旧だけでなく、さらに元気になって復興すると思ってまいます。
今現在の私自身は仮設住宅ではありますが、この一年で衣住食は、おかげさまで、元の水準までもどりつつあります。
船も共同ではありますが、釣りもできるようになりました。
この震災を機に気持ちまで変わりました。
今までは、寝て起きたら明日があるさと当たり前ように感じていましたが、震災を体験してから明日というものは、
もしかするとないかもしれない、朝起きて今日生きていたら生きていたと感謝するようになりました。
また、生きていること自体、誰しも頑張っている、前を向いているという証拠だと思っています。
途中、立ち止まることがあるかもしれませんが、ゆっくりでも前を向いて進んていこうと思います。
亡くなられた人たちのご冥福を祈り、この震災で勇気と力を与えてくれた皆様に感謝し、ゆっくりではありますが、復興に向けて精一杯生きていこうと思います。
3月11日に地元の東海新報社さんから一冊の本が発売されました。
鎮魂3.11平成三陸大津波 という本です。
大船渡、陸前高田の震災時の写真が多数載っていました。
初版には東海新報社の本社の上から撮影した大船渡湾の湾口防波堤が倒壊するまでの映像付きDVDが付属しています。
大船渡湾に津波が襲来する映像があり、津波から逃れようとする漁船が押し波や引き波に巻き来れる場面もありました。
防波堤があるために狭くなった湾口によって霧吹きの原理のように水流が激しくなり、押し波で煙を吐きながらスピードを上
げても船が前に進まず、また、引き波から逃れようとするも船のスピードが負けて逃げ切れずに渦に巻き込まれてしまう場
面が本当に涙を誘いました。
津波は体験してみないとわからないものですが、本当に恐ろしいものです。
災害だけはどうしても人間の力で止めることはできません。
みなさん、どうかしっかりと災害の対策をして大切な家族、自分の命を守ってください。
また、誰かか言っていました。
津波の時は欲を捨てて、高いところに逃げろ、地震のあとに必ず津波はくる・・・と。
2011年12月09日
岩手県警が発表した津波の映像
おととい、12月7日に岩手県警が発表した津波の映像がこちらです。
大船渡市から陸前高田市のヘリコプターから撮影した、3月11日の津波の映像が30分間入っています。
http://video.mainichi.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48227968/48227968peevee438140.flv?inb=yt
自分の住んでいる陸前高田市の映像も入っていました。
多少画像が荒目ですが、その当時の状況がよくわかります。
波から逃げる車や流されていく家々が撮影されていました。
大船渡市から陸前高田市のヘリコプターから撮影した、3月11日の津波の映像が30分間入っています。
http://video.mainichi.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48227968/48227968peevee438140.flv?inb=yt
自分の住んでいる陸前高田市の映像も入っていました。
多少画像が荒目ですが、その当時の状況がよくわかります。
波から逃げる車や流されていく家々が撮影されていました。

2011年10月18日
震災から7か月が過ぎて
3月11日の震災から7か月が過ぎて変わったことは、避難者のほとんどが仮設住宅等に入れて、避難所が解散したこと、ガレキ撤去が進んで更地が増えたことでしょうか。
ガソリンの供給は震災前と同じになり、お店は仮設店舗が多いですが、再開した店が増えたこと、学校は校庭が仮設住宅になってしまい、クラブをやる場所がなくて小さい場所ながら代替え地で工夫してやっているようです。
全国からたくさんのご支援をいただき、震災当時の苦しい生活から抜け出すことができました。
本当に感謝しております。
まだまだ復興まで長い道のりはありますが、少しずつ前向きに頑張っていきたいと思います。
今、現在の自宅周辺状況です。

広田町の田谷浜です。
夏になると海水浴客でにぎわう砂浜でしたが、まだ砂が戻ってきていません。

田谷浜と六ヶ浦漁港の間です。
津波で堤防が切れたのですが、今は工事が進み仮設防潮堤ができました。

防波堤の裏側です。
田谷地区と羽根穴地区です。
道路ができて黒崎側にアクセスできるようになりました。
ガレキ撤去がすすみ更地が増えてきました。

天王地区です。
こちらにも仮の防潮堤ができ、更地が増えています。

広田診療所から見た広田中学校周辺です。
こちらもきれいな更地になりました。

大野浜側です。
防波堤を超えた津波で一時期、水たまり状態でしたが、ガレキ撤去が進みこんなにキレイになりました。

こちらは大野浜です。
陸前高田市で唯一残った砂浜です。
高田松原や田谷浜の砂がなくなってしまい、来年以降海水浴ができるとすればここしかないのかなと思っています。
今後、修復と開発が進むと予想しています。
つい先日もここでヒラメ釣りをしている人を見かけました。
10月ならまだ、釣れると思います。
私自身、地元で早く釣りを開始したいと思っていますが、まだまだ解決すべき問題があり、思うようにすすんでいません。
でも、少しでも早くと頑張っていますので、今後もブログを応援してくれると幸いです。
ガソリンの供給は震災前と同じになり、お店は仮設店舗が多いですが、再開した店が増えたこと、学校は校庭が仮設住宅になってしまい、クラブをやる場所がなくて小さい場所ながら代替え地で工夫してやっているようです。
全国からたくさんのご支援をいただき、震災当時の苦しい生活から抜け出すことができました。
本当に感謝しております。
まだまだ復興まで長い道のりはありますが、少しずつ前向きに頑張っていきたいと思います。
今、現在の自宅周辺状況です。
広田町の田谷浜です。
夏になると海水浴客でにぎわう砂浜でしたが、まだ砂が戻ってきていません。
田谷浜と六ヶ浦漁港の間です。
津波で堤防が切れたのですが、今は工事が進み仮設防潮堤ができました。
防波堤の裏側です。
田谷地区と羽根穴地区です。
道路ができて黒崎側にアクセスできるようになりました。
ガレキ撤去がすすみ更地が増えてきました。
天王地区です。
こちらにも仮の防潮堤ができ、更地が増えています。
広田診療所から見た広田中学校周辺です。
こちらもきれいな更地になりました。
大野浜側です。
防波堤を超えた津波で一時期、水たまり状態でしたが、ガレキ撤去が進みこんなにキレイになりました。
こちらは大野浜です。
陸前高田市で唯一残った砂浜です。
高田松原や田谷浜の砂がなくなってしまい、来年以降海水浴ができるとすればここしかないのかなと思っています。
今後、修復と開発が進むと予想しています。
つい先日もここでヒラメ釣りをしている人を見かけました。
10月ならまだ、釣れると思います。
私自身、地元で早く釣りを開始したいと思っていますが、まだまだ解決すべき問題があり、思うようにすすんでいません。
でも、少しでも早くと頑張っていますので、今後もブログを応援してくれると幸いです。

2011年09月02日
友恵丸の小野さんが訪問されました。
8月30日に急きょ、関東からミニボートの世界では有名な「友恵丸」の小野さん が台風を避けて東北日本海側に行く途中に陸前高田市の被災地の状況を見に来られました。

舵社 ボート倶楽部
テレビで報道された映像と実際に見る被災地の違うことと被害のひどさにびっくりされていました。
流された私の家も案内して津波の高さにびっくりされていましたね。
台風による風波と違って、津波は15mの高さの水の塊がそのまま平行に陸地へ来るということで破壊力の大きさを小野さんに伝えました。
地元、黒崎温泉にご案内して、ゆっくり旅の疲れを癒していただきました・・・癒されたかなぁ???
大変高価なお土産までいただいて、すごく感謝しております。
今頃は北東北の日本海側で真鯛かヒラメを釣られているのではないかと思います。
自宅まで気を付けて帰られるように祈っています。


舵社 ボート倶楽部
テレビで報道された映像と実際に見る被災地の違うことと被害のひどさにびっくりされていました。

流された私の家も案内して津波の高さにびっくりされていましたね。
台風による風波と違って、津波は15mの高さの水の塊がそのまま平行に陸地へ来るということで破壊力の大きさを小野さんに伝えました。
地元、黒崎温泉にご案内して、ゆっくり旅の疲れを癒していただきました・・・癒されたかなぁ???

大変高価なお土産までいただいて、すごく感謝しております。

今頃は北東北の日本海側で真鯛かヒラメを釣られているのではないかと思います。

自宅まで気を付けて帰られるように祈っています。

2011年08月14日
船を探し中です。
津波で流された自分の船は、5か月たっても結局見つからず、廃船となりました。
これをピンチと思うのかチャンスと思うのか、人それぞれだと思いますが、私の場合は新たなチャンスと思い、新しい船を買うことにしました・・・と言っても中古漁船ですが。
まだ、希望の船は見つかっていません。
この際なので、もっと人が乗れて沖にも行けるような、一人で操船できるぐらいの大きめの船にしようと思います。
どのぐらいの船になるかは父親共同使用になると思うので、置く場所と予算を考えながら、よく相談して決めたいと思います。
おおよそ決まっているのは、3トンから5トンの間ぐらいの船でキール式、もしくはセミキールのシャフト船、トイレ付の遊漁船に近い船になるんじゃないかと思います。
どこかにあるといいな。

これをピンチと思うのかチャンスと思うのか、人それぞれだと思いますが、私の場合は新たなチャンスと思い、新しい船を買うことにしました・・・と言っても中古漁船ですが。

まだ、希望の船は見つかっていません。
この際なので、もっと人が乗れて沖にも行けるような、一人で操船できるぐらいの大きめの船にしようと思います。
どのぐらいの船になるかは父親共同使用になると思うので、置く場所と予算を考えながら、よく相談して決めたいと思います。
おおよそ決まっているのは、3トンから5トンの間ぐらいの船でキール式、もしくはセミキールのシャフト船、トイレ付の遊漁船に近い船になるんじゃないかと思います。

どこかにあるといいな。

2011年06月28日
2011年06月22日
私の津波直後の様子
自分が今まで携帯電話で撮った写真を集めて、日記を作ってみました。
その当時は携帯電話を充電する電気も少なかったため画像は少ないですが、
その当時のことをまとめてみました。
東日本大震災について

写真は津波直後の翌日3月12日の朝6時に撮った陸前高田市内の画像です。
その当時は携帯電話を充電する電気も少なかったため画像は少ないですが、
その当時のことをまとめてみました。
東日本大震災について

写真は津波直後の翌日3月12日の朝6時に撮った陸前高田市内の画像です。
2011年06月13日
津波後の空からの写真
本日、やっとインターネットが入りました。
今まで貯めていた写真を公開しますね。
父親が自衛隊のヘリコプターで地区の代表として乗せてもらった時の写真です。

上の写真は、陸前高田市米崎町の米崎中学校付近だと思います。

上の写真は、陸前高田市気仙町から竹駒町にかけての気仙川沿いを撮った写真です。
右側に大船渡線があるはずなんですが、津波で線路が流されてしまい跡形もないです。

上の写真は高田町と米崎町の境付近です。
左下が県営アパート、右上が老人保健施設松原苑です。

上の写真は、小友町の只出漁港と思われます。
只出漁港は削られて海になってしまいました。
どれだけ、津波の被害がひどかったかわかるかと思います。
また、時間をみて、いろいろな場所の写真を載せたいと思います。
本当に生きていることに感謝です。
今まで貯めていた写真を公開しますね。
父親が自衛隊のヘリコプターで地区の代表として乗せてもらった時の写真です。
上の写真は、陸前高田市米崎町の米崎中学校付近だと思います。
上の写真は、陸前高田市気仙町から竹駒町にかけての気仙川沿いを撮った写真です。
右側に大船渡線があるはずなんですが、津波で線路が流されてしまい跡形もないです。
上の写真は高田町と米崎町の境付近です。
左下が県営アパート、右上が老人保健施設松原苑です。
上の写真は、小友町の只出漁港と思われます。
只出漁港は削られて海になってしまいました。
どれだけ、津波の被害がひどかったかわかるかと思います。
また、時間をみて、いろいろな場所の写真を載せたいと思います。
本当に生きていることに感謝です。